2006年03月09日

よき前例に

 (引用開始)

東京高裁(原田国男裁判長)は8日、東京の私鉄・西武新宿線の満員電車で女性に痴漢を
したとして強制わいせつ罪に問われた東京都中野区の男性会社員(43)に対し、
無罪の判決を言い渡した。
懲役1年6カ月執行猶予3年(求刑懲役2年)とした一審・東京地裁判決を破棄した。

男性は「03年10月22日朝、西武新宿線新井薬師前―高田馬場間の電車の中で、
女子高校生(当時16)の下着の中に手を入れるなどした」として起訴されたが、
一貫して無罪を主張していた。
原田裁判長は「女子高校生が被害に遭ったのは間違いないが、女子高校生の証言は
男性を犯人とするには足りない」と述べた。
車内で男性は女子高校生の右後ろに立っていた。男性は「自分の後ろにいた外国人風の男が
犯人の可能性がある」と主張していた。
原田裁判長は「その可能性も退けられない」と男性側の言い分を認めた。
そのうえで、「警察がずさんともいえる再現実験で、外国人風の男の場所からは手が
届かないと決めつけ、被害者を誤って誘導した可能性がある」と指摘。
「本来なら起訴に至らなかった事案ではないか。(起訴されて生活苦に陥った)
男性の苦難を考えるとき、慎重の上にも慎重を期した捜査が必要だ」と警察・検察を批判した。

[朝日新聞]2006年03月08日15時12分
http://www.asahi.com/national/update/0308/TKY200603080277.html

 (引用ここまで)

 またもや痴漢冤罪事件ですが、今回は珍しく無罪判決が出ました。判決内容を読んでもらえればほぼ全面的に納得できる内容です。特に、

>「警察がずさんともいえる再現実験で、外国人風の男の場所からは手が 届かないと決めつけ、被害者を誤って誘導した可能性がある」と指摘。「本来なら起訴に至らなかった事案ではないか。(起訴されて生活苦に陥った)男性の苦難を考えるとき、慎重の上にも慎重を期した捜査が必要だ」と警察・検察を批判した。

 とここまで踏み込んで警察と検察を適切に批判したのは画期的とすら言えるでしょう。ただ残念な事にこの男性の人生はたとえ今回無罪判決が出ようとすでに狂わされています。自称被害者女性が「あれは嘘でした」とでも言わない限り完全に世間からは白には見てもらえません。今回の民主党の嘘メール問題のように、たとえ民主党が完全に謝罪したとしても武部さんの次男がもしかしたらグレーかも、と思われているのと同じです。男性をよく知っている人であれば「あの人がそんな事をするはずがない」と信じてくれるかもしれませんが、よく知らない人であれば「もしかしたらやってるんじゃないの?」と思われていることだってあるかもしれないのです。そんな人にいくら無罪判決が出たと言っても「もしかしたら…」と言う疑念はぬぐいきれません。男性は完全な名誉回復が図られない限り一生そういった偏見の目で見られ続けながら生きていかなければいけないのです。

 ただその場合の民事訴訟や刑事告訴ですが、残念ながらその訴えが認められたケースは稀です。加害者に仕立て上げられた男性がどんなにひどい境遇に陥ったとしても自称被害者に賠償を命じたりするケースは殆どありません。今回のような良識と常識と正しい知識がある裁判官に痴漢冤罪事件で二回続けて巡り合うケースは殆どないのが現状です。今回の男性がそうなって欲しくはありませんが、大抵の場合、痴漢冤罪の被害にあった男性は肉体的にも精神的にも経済的にもぼろぼろにされ(ある事件では自称被害者女性が「勃起した陰部を押し付けられた」と言う証言をしたため、加害者とされた男性の陰部に注射をして無理やり勃起させ、それが事実かどうか検証したそうです。しかもその注射は非常に激痛がするものでそれが20回も行われたそうです)、そして裁判で辛うじて無罪を勝ち取ってもあとは保障してくれません。一方自称被害者はどうなのかと言えば、当然一人…いやその家族や友人、同僚のことを考えればもっと多くの人間の人生をめちゃくちゃにしておきながら何の賠償をする事もなく、謝罪すらすることなしにのうのうと暮らしているのです。

 勿論本当の痴漢、痴女犯罪は許されざるべき犯罪です。『本当の』被害者がショックを受けたとすればその苦痛たるや如何ほどかと思います。その時はできるだけ被害者の方に勇気を振り絞っていただき、そして周りの人も助けてあげて欲しいと思います(ただ「この人痴漢です」と女性が言ったからってすぐに決め付けるのは危険ですが。「女性が勇気を振り絞って言っているんだから間違いないだろう」と言うのは冤罪を生み出す第一歩です。特に裁判官がこんな主観で判決を言い渡しているのだから恐ろしい)。ただ痴漢と痴漢冤罪は性質が異なるものです。例えるならば、町中に一万円札が道路も見えないほどばら撒かれていて、他の人たちが我先を争って懐に入れている時に、果たして自分はどうするのか、と言うようなものです。確かに懐に入れるのはいけない事である。だが目の前に一万円札が無数にあり、それを拾いたいと言う衝動を抑えられるか、と言う事です。痴漢や痴女と言うのは街中を歩いている人を触るのではなく、あの満員電車という、ある外国人に言わせれば「クレイジーな」場所と言う極めて異常な状態で起こる犯罪です。つまりさっきの一万円札が無数におちている状態です。勿論、だからと言ってやっていいとはなりません。たとえやりたい、拾いたいと言う衝動が沸き起こってもそれを理性で抑えるのが人間です。例えどんなに犯罪が起きやすい状況にあろうとやっていいと言う事にはなりません。ですが、予め刃物を用意して人を切りつけたり、男性を痴漢だと言って示談金をふんだくろうとする犯罪とは性質が異なるものだと思います。
 勿論何度も言いますが痴漢や痴女がいいとは言いません。決して許してはいけません。ただ行き過ぎた自称被害者保護が正しいとも思いません。痴漢事件も普通の事件と同じく、懇切丁寧に証拠を集め、コツコツと論理を積み重ね、疑わしきは罰せずの民主主義、法治国家における大原則を守り通せば、男性にも女性にも不要な被害がこれ以上広がるのは防げるのではないでしょうか。痴漢も痴漢冤罪事件も、男性も女性も幸せにはしません。
posted by AZ at 00:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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