2007年06月04日

無残にも嘘がばれた人たちの断末魔

 (引用開始)

「魂の叫び」に応えたい


「軍が駐留した島で起きた」

 「あの悲劇は、決して自発的な死ではない。軍隊が駐留していた島でしか起きていない。日本軍の命令、強制、抑圧によって死に追い込まれたのです」

 十六歳の時、生まれ故郷の渡嘉敷島で「集団自決」を体験した金城重明氏(沖縄キリスト教短期大学名誉教授)は、言葉を一つずつかみしめるように静かに語った。

 文部科学省の教科書検定で沖縄戦の「集団自決(強制集団死)」の記述から「軍命」削除を求める検定意見がついた問題で二日、那覇市内で開かれたシンポジウム「挑まれる沖縄戦―『集団自決』検定を問う」(主催・沖縄タイムス社)。

 金城氏は「皇軍の支配は一木一葉に至るまで及んだ。軍の命令以外に住民の死はあり得なかった」と、あらためて軍命があったことを証言した。

 沖縄戦の悲劇の極みとも言うべき「集団自決」は、米軍が上陸した一九四五年三月二十七日をはさんで、二十六日に慶良間諸島の座間味島と慶留間島で、二十八日に渡嘉敷島で起きた。

 三つの島々で約七百人の住民が犠牲になったが、金城氏は日本軍の海上挺身隊が配備された島々でしか、集団自決が起こっていないことを強調している。

 日本軍の命令があったかどうかについては、大阪地裁で係争中の訴訟で元戦隊長から軍命を否定する意見陳述がなされている。

 しかし、軍命の物的証拠がないからといって「強制はなかった」と言い切れるのかどうか。

 集団死には、当時の住民が軍や官と運命を共にする「共生共死」や「鬼畜米英」への恐怖心、「生きて虜囚の辱めを受けず」(戦陣訓)の軍国思想などさまざまな要因が複雑に絡んでいる。

 沖縄戦では、方言を使っただけでスパイ行為をした者として死刑になるなど虐殺された住民も少なくない。

 軍の命令があったかなかったかは、必ずしも言葉による命令があったかなかったかだけで決められるものではないことを見落としてはなるまい。


強制された「軍民共生共死」


 軍は「米軍の捕虜になるな」と命令するとともに、「いざという時」のために、住民に手りゅう弾を配っていたという証言が数多くある。

 そうした状況下で米軍が上陸し、住民が手りゅう弾などで自決したことは、まさに日本軍の強制、誘導があったと言ってしかるべきだ。

 安仁屋政昭・沖縄国際大学名誉教授は「合囲地境」という旧戒厳令の用語を使って、軍命の存在を指摘した。

 陸海空ともに敵の包囲、攻撃などに直面した状態で、「軍民共生共死の一体化が強制された」と指摘している。

軍の圧力や誘導がなければ、集団死も起こらなかったとみることができる。

 高嶋伸欣琉球大学教授は「沖縄がしっかり意思表示すれば、検定意見を変えさせることは可能だ」と述べ、検定撤回に向けた取り組みの必要性を訴えた。

 県内の市町村議会では「軍命」削除に異議を唱え、検定意見の撤回を求める意見書の採択が十市町村を上回り、今後も増える見通しだ。

 四日には、東村の東中学校三年生全員が同村議会に検定意見の撤回を求めて請願書を提出する。

 「教科書から歴史的事実を削らせてはいけない」という子どもたちのけなげな訴えに、土砂降りの雨が上がり、明るい日が差したような安堵感がわいてくる。


「政治介入」と自民反対


 だが、県議会最大会派の自民党は「会派内で賛否が分かれ意見が一致しなかった」として六月定例会で検定意見の撤回には賛成しない方針だ。

 「軍命の有無が係争中の裁判で焦点になっている段階での意見書は、司法への政治介入になる」と、反対意見があったという。

 県議会は、八二年に文部省(当時)が今回と同様に「住民虐殺」の記述を削除しようとした際、全会一致で意見書を採択、記述を復活させた経緯がある。

 県民の自治に関する意思決定機関であり、県民意思を代弁し、行動する意味は重い。

 屋嘉比収沖縄大学准教授は「今回の教科書検定を「沖縄戦を学び直す機会にしたい」と提案した。

 軍命関与の真実を究明し、無残にも自決した人たちの「魂の叫び」に応えたい。

 http://www.okinawatimes.co.jp/edi/20070604.html#no_1

 (引用終了)


 まあ、沖縄タイムスだからと笑って済む話ではあるのですが、

>四日には、東村の東中学校三年生全員が同村議会に検定意見の撤回を求めて請願書を提出する。
 「教科書から歴史的事実を削らせてはいけない」という子どもたちのけなげな訴えに、土砂降りの雨が上がり、明るい日が差したような安堵感がわいてくる。


とやっぱりここでも子供が政治的に利用されているのがかわいそうでなりませんよね。だって『三年生全員』ですよ。皆さん自分の経験で考えてもらえれば分かると思うのですが、皆さんが中学三年生の時に、こんな極めて偏った思想を生徒全員が持つことって普通にありました?そりゃ中にはいたかもしれませんけどね。かく言う私も、「二十歳までに左翼に傾倒しないものは情熱が足りない。二十歳を過ぎても左翼に傾倒しているものは知能が足りない」の格言どおり左よりの学生でしたから。とは言え一学年の生徒全員がここまで偏って同じ思想っていうのは普通ありえますかね?まさしく先生の『教育の成果』なんでしょうね。
 そりゃ沖縄の生徒とは言っても、大きくなれば中にはちゃんと嘘に気づく人も多いでしょう。よく2ちゃんなどでは一括りに「沖縄は沖縄は」と言われていますが、沖縄にだってまともな人はたくさんいるんですよ。と言うか沖縄のマスコミは概ね駄目ですが(笑)、そのマスコミと後は声の大きな活動家が目立っているだけなんですよね。勿論プロ市民もたくさんいますよ。一坪地主とかたくさんいますしね。ですが巷で言われているほど全部が全部偏った人ばかりではないのだと思います。とは言え、今回のように洗脳されてしまった生徒の全員が嘘に気づくかどうかがこれまた難しいわけで。出来る事ならこれらの学生が進学する場合は、前述のような偏った教授、大学ではなく、ちゃんとした所に行って居間までの嘘や欺瞞に気づいてくれることを祈っています。
 ちなみに前述の一坪地主ですが、中には過激派がいて、ある時期自衛官の車が次々に焼かれる事件があったのですが、それについて少しでも意見を言おうものなら本人や家族に危害が加えられないか、或いは自分の車も焼かれないかと県民は恐怖感をもっていたそうです。ですから、県民は義憤を感じていても何もものが言えなかった。たとえ投書しても新聞社は取り上げないと言う、まさに異常な状況だったそうです。そして沖縄の二大新聞、琉球新報と沖縄タイムスの幹部には一坪地主がいるそうですね。本当に『正義』のためには手段は選ばないようで。

 それにしても以前は「軍による命令があった!」と断言してたくせに、今は「直接的な命令かあったかどうかは関係ない」ですもんね。強制連行は無かったが広義の強制性はあった、に似てますね。本当に論点のすり替えがお好きな事で。
 とは言え、

>しかし、軍命の『物的証拠がないからといって』「強制はなかった」と言い切れるのかどうか。
 集団死には、当時の住民が軍や官と運命を共にする「共生共死」や「鬼畜米英」への恐怖心、「生きて虜囚の辱めを受けず」(戦陣訓)の軍国思想など『さまざまな要因が複雑に絡んでいる』。(二重括弧引用者註)


嫌々ながらも物的証拠がない事は認めたようですね。まあ今のところは認めざるを得ないわけですが。これから後、新たな一級資料でも出てくれば勿論変わってくるとは思いますけどね。それは私自身も同じですし。(本当に)ちゃんとした証拠が出てくればその通りだと認めるにはやぶさかではないですし。ただ、今のようにあったという証拠は無いが、なかったという証拠も無い、っていうのは悪魔の証明だよね。本来、「ある」と言う側が、あった事を証明しなければいけないのだけれど。いわゆる立証責任ってやつですね。
posted by AZ at 13:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/43833254

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。